ユネスコ無形文化遺産に提案 文化庁     まずはこちらから→県政ニュース

 「ユネスコ無形文化遺産 秩父祭など登録へ

無形文化遺産への提案を伝える記事(平成21年5月21日付朝日新聞)  秩父夜祭のユネスコ無形文化遺産への登録について、2008(平成20)年11月6日付朝日新聞埼玉版は、「秩父市は5日、12月3日の秩父夜祭を含む「秩父祭の屋台行事と神楽」を国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「無形文化遺産」に登録するための活動を始める、と発表した。2010年の登録実現を目指し、当面はユネスコへの提案権のある文化庁に09年夏までに提出する資料づくりを進める。「世界の秩父夜祭に」と市は期待している。」と伝えていました。
 そして、2009(平成21)年5月21日付の朝日新聞全国版は、冒頭の見出しとともに「文化庁は20日、沖縄の組踊(くみおどり)や秋田・男鹿のナマハゲ、埼玉・秩父祭の屋台行事と神楽など13件を、ユネスコの無形文化遺産に提案すると発表した。来年9月のユネスコの政府間委員会で正式に決まる。」と報じています。

 ところで、その秩父市ですが、本来、文化財保護行政の主体として、夜祭を本来の姿での維持に努める義務を負っていますが、今日まで、この義務を十分果たしてきませんでした。
 2004(平成16)年2月21日(土)、「秩父市は4月に関係団体と「秩父夜祭開催日程検討委員会」(仮称)を作り、日程変更も視野に入れ、誘客作戦を検討する。」と読売新聞が報じ、それまで地道に祭礼行事を継承してきた多くの人々から激しい反発を受けたばかりでした。
日程変更の検討を伝える記事(平成16年2月27日付け埼玉新聞)
 その後、6回にわたって協議が行われ、「夜祭り検討委員会」は、2006(平成18)年3月29日の委員会を最後に解散したことが報道で伝えられました。しかし、「関係者から注目されていた夜祭の日程変更については、一定の結論は出さず、新たな組織で引き続き検討を進めることを市に要望する。」とあり(2006年3月30日付埼玉新聞)、例大祭の日程変更を未だに諦めておらず、依然、関係者の不安は収まらない状態が続いていました。
 こうした「日程変更」の動きは、歴史や文化を守ることの意義を理解できず、例大祭を観光資源として利用することだけを考える秩父市による、例大祭に対する一連の改変行為の一つでした。常に観光推進派の側に付き、改変の先頭に立ち続ける秩父市が「無形文化遺産」に登録するための活動を始めるとは、これまでの方針を大きく転換したようにも見えます。
 2008(平成20)年11月6日付の朝日新聞によれば、「市教委文化財保護課は「秩父祭を支えている人たちの心意気と、伝統文化を継承するという強い決意を世界に表すため、登録に挑戦したい」としている。」とする一方で、栗原稔市長は「伝統の屋台行事に加え、秩父には豊かな自然もあり、登録に向けて努力したい。登録されれば経済的な波及効果も期待できる」と話している。」とあります。どうやら、「無形文化遺産」への登録の目的は、「伝統文化を継承する」ことではなく、例大祭を観光資源として利用することにあったようです。

 1979(昭和54)年2月3日、「秩父祭の屋台行事と神楽」は国の重要無形民俗文化財に指定されましたが、その後も屋台行事に対する体系的な調査は実施されず、「秩父祭の屋台行事と神楽」に関する調査報告書は未だにありません。
 その一方で、曳き手の大半を女性が占め、酒に酔って嬌声を上げるなどの醜態をさらし、「重さ20トン」といった実態からかけ離れた誇張が公然と行われています。また、全国に誇ることのできる笠鉾がありながら、電線の架設から90年が経った今も、依然として市街地に電線が張り巡らされ、本来の姿で例大祭に曳行できない現状にあります。これらが国の重要無形民俗文化財や「無形文化遺産」に相応しいはずがありません。
 「無形文化遺産」への登録が観光的な宣伝に大々的に利用されることは容易に想像が付きます。しかし、単に観光に利用されるだけであれば、登録自体全く無意味なものに終わってしまいます。
 「無形文化遺産」への登録が屋台行事の伝統を守る上で有意義であることは言うまでもありません。屋台町は、「無形文化遺産」に登録された後には、これまで以上に、祭りの伝統行事を文化遺産として後世に伝える努力を続ける必要がありそうです。

  2010(平成22)年6月8日、文化庁は国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産の「代表一覧表」の記載候補として09年8月に提案した13件のうち、茨城、栃木両県で伝承されてきた染織「結城紬(つむぎ)」と沖縄に伝わる歌舞劇「組踊(くみおどり)」の2件だけに事前審査が行われたと発表しました。
  これにより、残る「秩父祭の屋台行事と神楽」など11件は来年以降に事前審査が持ち越しとなることが確実となりました。

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〔参考資料〕

【新聞記事1】〔2008(平成20)年11月6日(木)付朝日埼玉版〕

   秩父夜祭、世界へ挑む
◇ユネスコの無形文化遺産 登録へ市始動
 秩父市は5日、12月3日の秩父夜祭を含む「秩父祭の屋台行事と神楽」を国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「無形文化遺産」に登録するための活動を始める、と発表した。2010年の登録実現を目指し、当面はユネスコへの提案権のある文化庁に09年夏までに提出する資料づくりを進める。「世界の秩父夜祭に」と市は期待している。

◇10年秋登録目標 当面、提出資料作り
   無形文化遺産は、06年の無形文化遺産保護条約発効に伴い、ユネスコの無形文化遺産委員会が世界の候補の中から選定し、代表リストに登録する。4日にイスタンブールで開かれた同委で、日本からの能楽と人形浄瑠璃、歌舞伎を含む90件が登録された。
 09年秋に登録される第2陣の日本の候補は7月末に発表され、雅楽など14件だった。文化庁は国指定の「重要無形文化財」「重要無形民俗文化財」「選定保存技術」の区分ごとに、指定時期や地域バランスを考慮して候補を選ぶのが基本方針という。
 「秩父祭―」は、京都祇園祭の山鉾(やまほこ)行事や高山祭の屋台行事(岐阜)などと同じ79年に国の重要無形民俗文化財に指定されている。京都祇園祭は09年の第2陣に入っており、秩父市は10年秋の第3陣登録を目指す。
 秩父祭は、秩父神社の例大祭として12月1日から6日まで開かれる。特に華麗な笠鉾・屋台が繰り出し、花火が打ち上げられる3日は「秩父夜祭」として知られ、毎年20万人前後の人出でにぎわう。今年の秩父夜祭では、市は提出資料として必要な映像記録を撮影する。
 市教委文化財保護課は「秩父祭を支えている人たちの心意気と、伝統文化を継承するという強い決意を世界に表すため、登録に挑戦したい」としている。
 栗原稔市長は「伝統の屋台行事に加え、秩父には豊かな自然もあり、登録に向けて努力したい。登録されれば経済的な波及効果も期待できる」と話している。


【新聞記事2】〔2009(平成21)年5月21日(木)付け朝日新聞全国版〕

ユネスコ無形文化遺産 秩父祭など登録へ

 文化庁は20日、沖縄の組踊(くみおどり)や秋田・男鹿のナマハゲ、埼玉・秩父祭の屋台行事と神楽など13件を、ユネスコの無形文化遺産に提案すると発表した。来年9月のユネスコの政府間委員会で正式に決まる。
 同遺産は、伝統芸能や祭礼、工芸技術、口承文学など人類共通の遺産として保護すべき無形の文化を顕彰する新しい制度で、昨年始まった。「世界遺産」で知られる建造物などの有形文化遺産とは異なり、専門家機関による現地調査などはない。基本的に各国の提案が通る見込みという。
  文化庁は、重要無形文化財や重要無形民俗文化財、選定保存技術に指定・選定されている約300件(人間国宝など個人は除く)から、分野や地域のバランスを考慮して、指定・選定時期の早いものから登録を進めるとしており、今回もこの方針に沿って選ばれた。
分野別の候補は次の通り。
 【重要無形文化財】組踊(沖縄県)▽結城紬(つむぎ)(茨城県、栃木県)▽本美濃紙(岐阜県)
 【重要無形民俗文化財】秩父祭の屋台行事と神楽(埼玉県)▽高山祭の屋台行事(岐阜県)▽男鹿のナマハゲ(秋田県)▽壬生の花田植(広島県)▽佐陀神能(島根県)▽那智の田楽(和歌山県)▽綾子踊(香川県)▽諸鈍芝居(しょどんしばや)(鹿児島県)▽多良間の豊年祭(沖縄県)
 【選定保存技術】建造物修理・木工


【新聞記事3】〔2004(平成16)年2月21日(土)付け読売新聞埼玉版〕

秩父夜祭 週末に変更も 検討開始 誘客や祭り参加者に配慮

 毎年十二月二、三日に行われる日本三大曳山(ひきやま)祭の一つ、秩父夜祭が開催の曜日によって人出に大きな差が出ていることなどから、秩父市は四月に関係団体と「秩父夜祭開催日程検討委員会」(仮称)を作り、日程変更も視野に入れ、誘客作戦を検討する。  秩父夜祭は、秩父神社の冬季例大祭として、神社からお旅所へ向かってご神幸行列が進み、お旅所の斎場で神事を行う十二月三日の夜を中心に行われる。この神社例大祭の付け祭りとして、三百年以上前から屋台や笠鉾(かさほこ)が繰り出して夜祭りのにぎわいとなり、現在、毎年十二月二日が宵宮、三日が本祭りとなっている。
 平成に入ってから十二月三日の人出を見ると、土曜に当たった一九九四年が最高の二十七万九千人を記録、おおむね金曜、土曜、日曜日に当たった場合は、平日より人出は七―十万人増となる傾向が続いている。これら経済効果のほか、屋台、笠鉾を曳く町会やこれを手伝う人たちが、休日でないと参加が難しいなどの声もあり、祭り関係者の意見を聞く必要に迫られてきた
 検討委員会は、神社側の意向を中心に、祭事を行う町会、鉄道など輸送業者、商店、商工会議所、観光協会、行政などから委員を選任して話し合いを進め、二〇〇四年度と二〇〇五年度の二か年程度議論して、方向性を決定したいとしている。






【新聞記事4】〔2006(平成18)年3月30日(木)付け埼玉新聞〕

日程問題は結論出さず秩父夜祭検討委が解散

 秩父夜祭のさまざまな課題を協議するため秩父市が設置していた「夜祭り検討委員会」(会長・栗原稔秩父市長)が、二十九日の委員会を最後に解散した。関係者から注目されていた夜祭の日程変更については、一定の結論は出さず、新たな組織で引き続き検討を進めることを市に要望する。
 同委員会は秩父神社の宮司や屋台・笠鉾を曳き回す祭事関係者、商工会議所や観光協会など経済界、鉄道会社なども参加。誘客経済活性化、警備安全、観光催事の三つの小委員会をつくり、〇四年八月から六回にわたって協議を行ってきた。
 毎年十二月二、三日に行われている祭礼日を土・日曜日開催に変更する問題や、宿泊、駐車場対策については議論が尽くされておらず、さらに検討を進める特別委員会の設置を市に要望する。

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