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医の中の蛙 第58回 正しい情報を得る力が不安を和らげる

2020年10月13日

 産業革命以降、コレラが世界流行した。ロンドンではテムズ川全体が産業廃棄物の「一大下水」となり、大臭気騒動が起こった。物いわぬ“強盗”をテムズ川にたとえ、死神が「お金か命、どちらが大切か」と問いかけている風刺画(『パンチ』-イギリスの風刺漫画雑誌-1958年6月号)は、現在の感染症対策と経済再建を天秤に掛けているわが国の状況にも似ている。
 人間は人との連携や協働の中で生きる。社会的距離を取らなければならない現状こそ心の絆が必要だ。新型コロナ感染症に対する不安が社会を分断し、心の繋がりを失う恐ろしさの方が問題だ。ウイルスより怖いのは人間の心理ではないか。
 伝染病やパンデミックは、偏見や差別を誘発する様で、今回も過去の流行時と似た光景が繰り返されている。他人の不誠実さを探し、自分に何の利益にもならないのに罰を与えようとする。進化論ではこのような自己犠牲的行為は「人は種全体の保存の観点から自分を犠牲にしても集団や社会を維持しようと行動するように進化してきた」となる。偏見や差別的言動は個人の時は抑制され、集団だとあからさまになる。
 江戸時代の疫病流行の時は外国人が故意に毒物を投じたとデマが流れたり、医師が利益の為に、病人をわざと治さないのではないかと騒いだ。実際、フランスでは数人の医師が同様な理由でセーヌ川に投げ込まれた。ウイルスは目に見えず、感染するかも知れないという不安と恐怖がストレスを招き、感染者だけでなく周囲や医療者に対しても矛先が向けられる。また自分も非難、差別されることを恐れ、必要な検査を受けるのをためらい、結果、感染拡大を助長する。
 これらの不幸な行動は情報の欠如が招いた結果であり、社会不安を防ぐには国民に正しい情報を正確に知らせることの他にない。

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